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シュートを打たないのは下手なのではなく責任を取らない日本人の特性 [関連情報]

2006年06月22日

シュートを打たないのは下手なのではなく責任を取らない日本人の特性まったくもって情けなくなる気持ちで第2戦となったクロアチア戦を見た人も多いのではないだろうか。初戦よりはシュート自体は多くなったものの、入る可能性の高かったシュートは極めて少なかった。その中でも決定的なチャンスで見せた柳沢のシュートにはあきれ果てた人も多かっただろう。

日本選手はシュートを打たない。第2戦では多少打っていたが、それでももっとシュートを打てるチャンスはあったように思う。なぜかペナルティーエリアの近くでもシュートコースを探すのではなくパスできる相手を探している。これはこのチームに限ったことではなく、以前からずっと言われてきたことである。

シュートを打たない日本人。実はこれは選手が下手というのではなく、日本人の特性だという人も多い。つまりは「責任を取ることを避ける」行為なのだという。確かにシュートは柳沢の例でもわかるように、外せばA級戦犯になってしまう。攻撃の全責任をシュートを外した人間が背負うことになりやすい。それを日本人は避けるのだという。

このことはサッカーだけに限らない。野球でもチャンスで「次につなぐ」という考えで四球を狙う選手がいる。確かに四球で次につなげばチャンスは拡大する。しかし、その選手がヒットを打ってしまえば、点が入った上でチャンスが拡大するのだ。

ゴール前でシュートを打たないでパスをするのも同じ。「より確実な選手にチャンスをつなぐ」という意識が強いのかも知れない。しかし、現実はパスをする回数が多くなればなるほど逆にミスをする回数(率)も高くなる。真剣勝負の国際試合ならなおさらだ。だかこそ、できるだけ早い段階で勝負=シュートをするべきなのである。もちろん、シュートを打つ選手はそのシュートに責任を持つのは当たり前のことである。

これは一般社会でも一緒ではないだろうか。テレビの前で「何でシュートを打たない?」と嘆く人も自分の仕事では案外責任を回避している行動を取ってはいないだろうか。もし、責任回避するような行動をしているのなら、もしかすると日本選手を責めることはできないかも知れない。

責任を取るとはどういうことだろうか。それは自分の行なった仕事に対して自負を抱くことなのではないだろうか。「やるべきことはやった」。その気持ちが仕事に対しての責任感を生むのではないだろうか。

どんなに努力しても必ずしも報われるわけではない。スポーツでは特にそうだろう。だが、そこまでの過程に自信を持って望んでいれば、結果に対して責任を取ることは難しくはないはずである。日本代表がもし責任を取れない選手の集まりだとしたら、それはこれまでの過程に自信を持っていないことになってしまう。

たかがサッカー。されどサッカー。W杯という大きな舞台を見ているとさまざまな社会状況を垣間見ることができる。日本人の選手が責任を取れる集団なのか、どうか。明日の早朝行なわれるブラジル戦では、そういう視点からも観戦、応援したい。