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「SYRIEZ ON LINE」は、アックスコンサルティング発行の会計人のためのコンサルティング情報紙「月刊シリエズ」編集部が配信するオンラインマガジンです。

「極端」ではなく「バランス」が来年のキーワードになる [関連情報]

2005年12月28日

「極端」ではなく「バランス」が来年のキーワードになるホリエモンのフジテレビ買収騒動にはじまり、JR脱線事故、自民党の歴史的圧勝に終わった総選挙。紀宮妃の結婚、耐震偽造問題に年末の大雪。スポーツ界でも30年ぶりとなるロッテの優勝に朝青龍の7連覇、そしてディープインパクトの無敗での3冠達成。史上初とか未曾有とか、何十年ぶりという話題がやたらと多かった印象が強い。

これらの話題をみていると「極端」というか「一極集中」というか非常にバランスがとれてないことを感じる。ホリエモン騒動でもそうだ。株の買占めによるテレビ局買収という初めてのケースだったが、このときに話題になったのも「金さえあれば何をしても良いのか」という議論だった。このテーマはその後、村上ファンドによる「阪神買収」劇へと続いている。

総選挙もまさに「極端」な結果になり、相撲も朝青龍の一極集中となっている。そうした世相に反応したわけではないだろうが、気象までもが、特に西日本では、10月過ぎまで猛暑となり、12月に入ったとたんに猛烈な寒波が訪れ、各地で歴史的な大雪となり、「夏」と「冬」しかないような極端な天候となっている。

ビジネスの中ではオンリーワンや差別化が大事なことになっている。早い話がどこもやっていないことをする。言い換えれば「極端」なことをすることが、差別化でもあり、オンリーワンを目指す手っ取り早い手法ともいえる。

しかし、やはり大事なことは「バランス」なのではないだろうか。先日もあるテレビ番組で、評論家が「今年はバランスが取れてない事件、話題が多かった」と言っていたが、その通りだと思う。今年の反省や傾向から来年を予想するのであれば、来年のキーワードは「バランス」になるのではないかと思われる。

「安全性」と「経済性」のバランス。複数のライバルによる競い合い。一人による支配ではなく、多数による協調。何でも良いからといってオンリーワンや差別化を目指すのではなく、他の業務やサービスとの「バランス」を考える必要がある。それがあって初めて「継続」させることが可能になるからだ。「バランス」というものを見直し、来年への飛躍へつなげてもらいたい。

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仰木マジックに学ぶマーケティングのテクニック [関連情報]

2005年12月22日

仰木マジックに学ぶマーケティングのテクニックオリックスバファローズの前監督の仰木彬氏が逝去した。昨年来の球界再編の流れの中で誕生した合併チームの初代監督を務め前年最下位のチームをプレーオフ争いを展開させるまで立て直した。またイチロー、野茂といった個性的な選手を育成し、その手法は「仰木マジック」とまで称された。仰木マジックの正体とは何か。それは、マーケティングの手法以外の何物でもなかった。

仰木氏は西鉄ライオンズの黄金期を支えた名二塁手だった。中西、豊田、稲尾という一匹狼が揃った選手の中でまさに「いぶし銀」的な存在だったという。そのせいもあり、現役時代には名前が出ない存在であり、まさに玄人受けする隠れた存在だった。

そして現役引退後も18年もの間、コーチを務め、彼が監督して脚光をあびるようになったのは、すでに50歳を過ぎてから。だが、現役時代から「魔術師」と称された名将・三原監督の教えをうけ、それを自分なりにアレンジし独自の野球理論を構築し、自らもリーグ優勝3回、96年にはイチローを擁し日本一も経験した。

仰木マジックと称される仰木氏の采配の特徴は細かいデータ集積にある。そういう点では、今年日本一になったロッテマリーンズのボビー・バレンタイン監督と似ている。逆に同じデータでも来年から楽天の監督に就任する野村氏とはデータの使い方が違う。

仰木氏のデータの特徴は自分の選手の長所を生かすために一番最適な組み合わせを考えることにある。相手の戦力(特に投手)の分析をすることで、この投手なら、どの打者が相性が良さそうで、誰が良くないかということを重視する。

一方野村氏のデータの使い方は相手の弱点を知るためにある。どういう攻めかたをすれば、相手の長所を消せるかということに主眼を置いている。ここに両者の最大の違いがある。

もちろん、仰木氏も相手の特徴を消すことはするし、野村氏も選手の特徴を生かす采配はする。(だから野村再生工場などともいわれる)

もちろん、こうしたデータを集積し、分析し、仮説を立て、実践し、その結果をデータ化するというようなことがマーケティングを生かした野球理論の構築といえるのだが、仰木氏あるいは、バレンタイン監督のマーケティング術はそれだけではない。

それは「売り込み」方である。仰木氏でいえばイチローだ。仰木氏の凄いのは、イチローの能力を見出し、開花させたことだけではない。むしろ、その「売り込み」方だった。イチローと登録名を替えたのはイチローがまだ無名の時期。だれも鈴木一朗の存在を知らないときだった。

無名の選手を一目見て、能力を見抜き、そして名前を売り込むために、登録名まで変更させた。そのことにより、鈴木一朗という全く「つまらない平凡な」名前を「イチロー」というカタカナにすることで一躍国民的ヒーローに仕立てた。もちろん、イチローの能力がそれだけ凄かったことが最大の要因ではあるが、「イチロー」という登録名にしていなければ、また違ったともいえる。

バレンタイン監督でいえば、ファンに対し26番目の選手(ベンチ入りは25人まで)という意識をうえ、さらには背番号「26」をファンに与えた。そのことでファンとベンチの一体感がうまれ、いまやマリーンズファンは阪神ファンをも凌ぐ、日本一のサポーターと称されるまでになった。それも、バレンタインの戦略だったのはいうまでもない。

バレンタインはどうか知らないが、恐らく仰木氏やその手本となった三原氏などはマーケティングなんていう言葉は知らないだろう。しかし、その手法は確実にマーケティングの基礎を忠実に行なっているとしか思えない。なぜ、仰木氏やバレンタインが起用する選手が活躍するのか。日替わり打線と揶揄されながらも成果を残せるのか。そこにはマーケティングの考え方が隠されているのである。

仰木氏はその野球理論だけでなく、誰からも愛されるキャラクターを持っていた。お洒落であり、茶目っ気があり、また男気があった。今回も昨年来より体調を崩しており、監督就任も本来ならできるような状態ではなかったという。しかし、「グラウンドで死ねれば本望」といい、また昨年に野球殿堂入りした際のパーティーを「生前葬」だといい、今回は全くの密葬としている。そうした潔さも仰木氏の魅力の一つといえる。一人の人間として見習いたい潔さでもある。

仰木氏のご冥福をお祈りいたします。

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人を納得させるためには、言葉、表現、角度を変えて説明する必要がある [関連情報]

2005年12月15日

人を納得させるためには、言葉、表現、角度を変えて説明する必要があるいわずと知れたことだが、民主主義のキーワードは「納得」であるといえる。多数決はあくまで決定するときの手段であり、そこにいたるまでのプロセスこそが、民主主義の根幹だと思われる。

相手が納得できなかったら、言葉をかえ、言い方をかえ、角度をかえて説明して納得させる。それでも意見が食い違う場合に多数決となるのである。

しかし、今の小泉首相は相手を納得させているだろうか?国内問題(郵政民営化)などでもそうだが、特に顕著なのが靖国参拝問題である。ここで靖国参拝の賛否をいうつもりはない、また政治問題をいうつもりもない。ただ、人を納得させるという観点からみれば象徴的な問題だと考えらるのだ。

小泉首相の言動をみていると、本当に相手を納得させようと努力しているようには思えない。何回聞かれても同じフレーズを繰り返し、相手が納得しなければ「理解できないほうがおかしい」と突き放してしまう。本来は相手が理解しないなら、理解できるように言葉をかえ、角度をかえて説明すべきなのではないだろうか。たとえ相手が納得できなくとも、その姿を見せることが大事なのではないだろうか。

この点がビジネスの上でも同様だと思われる。取引相手が理解してくれないなら、言い方を変えてみたり、イラストや図表を用いてなんとか理解してもらうとするだろう。相手にわかってもらおう、理解してもらおう、納得してもらおうと本気で思えば、いろいろな言い方で説明しようとする。それが当たり前ともいえる。

もし、そうしたことをしていないという人がいたら、そこには大きな問題がある。なぜなら相手を納得させるということが信頼を得ることにもつながるからだ。また、そのために一生懸命努力する姿勢をみせることで、たとえその件では納得できなくても、相手は「この人は信頼できる人」とインプットされる。それが次のビジネスにつながるのである。

どうすれば、相手が納得し、理解してもらえるのか。そのためにはどんな事が必要なのか。小泉首相の言動を反面教師としてみれば、分かりやすいのではないだろうか。

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あなたは「夢」と「目標」の違いを明確に語ることができますか? [関連情報]

2005年12月08日

あなたは「夢」と「目標」の違いを明確に語ることができますか?先日行なわれた来季のアメリカ女子ツアーの最終予選で宮里藍選手は、通算17アンダー、2位に12打差をつけてぶっちぎりの予選突破を果たした。しかも、日本での賞金女王になるチャンスを棒に振ってまでの米ツアーへの挑戦だった。

予選会に出発するときの記者会見で「目標は1日2アンダー。5日通算で11アンダーでトップ通過を目指します」と語っていた。それが終わってみれば、3日目からは独走。最終日こそアンダーパーは出せなかったものの、通算17アンダー、2位との差12打差はどちらも最終予選のレコードとなった。

目標としていた11アンダーというのは、昨年の予選会で今年米女子ツアーを沸かせたPクリーマーが出した記録。今年何度かクリーマーとラウンドしたことから、お互いを意識する仲になり、クリーマーと「トップ通過を目指せ」と約束していたという。つまり、藍ちゃんは「彼女の記録を破って1位通過」を目標にしていたのだ。

この目標の設定が藍ちゃんを含むトップアスリートは非常に上手い。プロ野球の松坂の座右の銘は「目標がその日その日を支配する」。つまり、目標があり、それに向かうことで、その日に行なう練習の内容や練習に向かう態度が決まるというのである。これはマラソンの高橋や野口、あるいはスケートの清水などにも同様のことがいえる。

だが、藍ちゃんが凄いのはその目標と夢との違いを自分で明確にしていることだ。彼女の夢は女子ツアーのメジャーで優勝すること。プロになる前からの夢だという。もっと小さい頃は米ツアーに参加することだった。だから、今回でその夢は果たした。だが、それはプロになった頃から、ツアー参加は夢ではなく、目標に変わっていた。そして今の夢がメジャー優勝。

そのことについて、今年の秋ごろから口調が変わってきている。以前は夢と言っていた4大メジャー優勝。それが夏を過ぎた頃から「夢から目標に変わりつつある」と話すようになってきた。この言葉を聞いたとき、「この娘は夢と目標の違いを明確にできているんだ」と感じた。だから、成長しつづけることができるのだろうと感じた。

「夢から目標へ変わりつつある」。現時点では、まだ、夢なのだ。しかし、近い将来には目標になりうる実感を感じているからこそ、「なりつつある」という言葉がでてくる。つまり、夢と目標を自分の中で明確に区分できている証拠でもある。

夢を持っている人は多いだろう。目標を明確にしている人も多いだろう。だが、自分の中で夢と目標の明確な線引きが出来ている人はどの位いるだろうか。常に夢を持ち続け、目標を設定し、クリアしていく。そして夢を目標に変える。この流れを続けることこそが、成長を続けるためのシステムなのだろう。来年、米ツアーに参戦し、どの段階で彼女が「メジャー優勝が目標」と言うようになるのか、そしてその時の夢は何に変わるのか。そうした楽しみとともに、自分たちの夢と目標をもう一度考えてみる必要があるかも知れない。

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「評価制度」なき経営計画は絵に描いた餅になりやすい [事務所経営]

2005年12月06日

「評価制度」なき経営計画は絵に描いた餅になりやすい既に経営計画を導入している事務所で、「もう一つ上手くいかない」と悩む(悩んでいた)事務所のほとんどが評価制度がキチンとしていないものと思われる。また、評価制度を変えてから、やっと経営計画が考えたとおりに稼動するようになったという事務所もかなりあるようだ。

これも「職員のための経営計画」という考え方をすればあたり前のことである。実際に行動する職員の評価基準がキチンとしていなければ、どんなに事務所として成果がでても、職員個人のモチベーションは長続きしない。つまりは、一年目は上手にいっても数年でダメになってしまうということである。これでは経営「計画」とは呼べない。そのためにも評価制度をキチンとしなければならない。

しかし、実際には、評価制度が一番難しいといわれる。その理由は、実際の評価では、事務所ごとにより業務の内容が違い、社労士事務所などで一般的に勧められる評価制度が必ずしも事務所の実情にそぐわないケースが多いからだ。

某税理士事務所でも数年前に一度、人事コンサルタントを招き、評価制度を策定したという。しかし、それは既製品であり、事務所にアレンジしたものではなかったそうだ。「ちょっとやっているうちに何か違うと感じるようになった」と同所長税理士氏。しかし、やはり人事評価制度の重要性は理解しているので、今年になり、所長自身が中心となり、人事コンサルの専門家に相談しながら、評価制度を改定しているという。「来年から実施するけど、多分数年は試行錯誤しながらだと思います。でも、大事なことだから、それぐらいの覚悟は必要」と話す。

人事評価はルールに基づく制度が求められる。しかし、それを所長一人で作成するのは難しい。だからといって、既製品で代用してもやはり上手くいかないのだ。職員の何をどのように評価するのか、専門家の意見を聞きながら、最低でも所長がたたき台を作る必要はあるように思える。

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奇跡はなぜ起きるのか。奇跡を意識的に起こすことはできるのか [関連情報]

2005年12月02日

奇跡はなぜ起きるのか。奇跡を意識的に起こすことはできるのか今、ネパールでは一人の少年の行動が騒動を呼んでいる。この6ヶ月間、何も口にせず瞑想を続けているというのだ。現地では彼のことを「ブッダ」の生まれ変わりだ口々に言い、毎日瞑想を続ける少年のもとに一万人近くの人が集まっているという。

人が一切、のまず食わずで半年も生きることができれば、それは「奇跡」以外のなにものでもない。ブッダの生まれ変わりはともかく彼は本当に奇跡を起こしているのか? ネパールの地方当局は宗教委員会や科学者に少年の謎を解明するよう要請しているという。

また、アメリカのカリフォルニアのある教会に設置されているマリア像が先月末から「血の涙」を流していると評判になっている。一度、拭かれたものの、すぐにまた涙を流しているのだという。石膏で作られたマリア像が本当に涙を流しているすれば、これも奇跡であるのは間違いない。

実のところ、これらは本当の奇跡かどうかは不明だ。ネパールの少年は、24時間監視しているわけではないようで、本当に「飲まず食わず」なのかは疑問が残るといわれ、マリア像に関しては、イラク戦争に反対する人間のイタズラとも言われている。多くの場合、その周辺の人の思惑が「奇跡」を創りだすことがある。また実際には奇跡と呼べるものでも、偶然の産物に過ぎないものも多い。

しかし、本当の奇跡もある。今年の夏にアメリカは奇跡で沸いた。20年前に交通事故に遭い、その後昏睡状態にあった女性が20年ぶりに意識を戻し、話ができるようになったというのである。これは本当の奇跡としかいいようがない。

偶然が生んだ奇跡と本当の奇跡の違いは何か。それは「奇跡」を信じて信念をもち、行動をした人がいるのかいないのかということである。アメリカの少女の話でいえば、医療スタッフがあきらめかけたのを彼女の両親とセラピストが必ず復活するという「奇跡」を信じ、その信念の行動を20年間も続けたことが本当の奇跡を生んだ。

また、スポーツでも土壇場で「奇跡の逆転」がおきることがある。それは負けているチーム (選手)が最後の最後まであきらめず、「自分が勝つ」という信念を持ちつづけているからこそ奇跡の大逆転がうまれるのである。

信念を持ちつづけたからといって奇跡が必ず生まれるわけではないが、信念がない行動には奇跡は起こりえない。運よく大逆転で目標を達成する人間もいる。しかし、それは単なる偶然であり、「幸運」に過ぎない。そこには「天と地」ほどの違いあるのである。

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