素早い対応が倒産の危機を未然に防ぐ [関与先を倒産から救え!]
3割の売上げ減少は企業にとっては、経営の危機を迎える。しかし、税理士の素早い対応によって、倒産の危機はおろか、経常利益をあげることだってできる。それを可能にするのは、日頃のコミュニケーションで勝ち得た信頼のたまものなのだ。
1年後倒産の危機から3年連続経常利益を生むまで
98年春、経営コンサルとして下町金属の経営会議に参加していたD税理士は下町社長から出た言葉に思わず唖然とさせれた。
「来期は売上げが3割以上ダウンしますよ」
「え、3割ですか?何でですか?」
思わず聞き返したD税理士に下町社長は相変わらずあっけらかんとした感じで答えた。
「山手機械からの受注がそのぐらい減ることが分かったからですよ」
「それでどうするんですか?」
「いや、どうしようかと考えているんです」
D税理士は事務所に戻るとすぐに6ヶ月先の資金繰り表を作成し、再び下町金属を訪れた。
「社長、いいですか。このままでは御社は12ヵ月後に破綻をきたしますよ。仮に、社長が全財産を投じても10ヶ月延びるだけですよ。それでも良いんですか?」
その言葉にやっと事の重大さに下町社長も以前からの懸案事項だったリストラに着手する覚悟を決めたのだった。
渋る社長を諭しリストラから着手
それまでD税理士は、下町金属に対し、経営コンサルとしての契約をしていたが、この事を契機に全面的な顧問契約を結ぶことにした。しかし、本来なら当然別経費として請求するリスクに関わるコンサルは全て無料とし、建て直しを終了するまでは、これまでの顧問料だけで請け負うことにしたのだ。
D氏が着手したのは、まずリストラ。特に社労士に行なわせていた給与計算などを廃止した。そして、3つあった工場のうち1つを閉鎖することだった。だが、これには当然のごとくリストラが伴うので、社員からの反発が予想される。そこでD氏は、まず役員を集めてD氏も加わり会議を行い、方向性の決定を下す。そして、D氏が入らない課長会議で実際のリストラ候補をリストアップさせた。
「こういうのは、外部の力だけやっては、社員の納得が選らないため、最終的には会社で決定してもらいたかった」とD氏。
課長会議では全社員の半分にも及ぶ30人を超えるリストが提出された。そして、パートや高齢者の嘱託社員、外国人労働者を中心に14~15人をリストラすることにした。中には長年同社に勤めていた社員もおり、退職金もかなりの負担となったが、保険を解約するなどして何とか最小限の負担で収めることができた。
下町社長がこれまでリストラに踏み切れなかったのは、二代目社長特有の優しさにもあった。下町金属は先代の下町会長が創業した。現在の下町社長は二代目だ。中には、下町社長より長年勤めている従業員もいる。そういう人にリストラや給与削減のような厳しいことを言うのは性格的に難しかった。しかし、会社が倒産するということは、従業員はおろか、従業員の家族、そして取引先全部が被害をこうむることになる。そのことをD氏は下町社長に諭したのだった。
長期と短期の借り換えで財務強化
もう一つ着手したのが、設備投資である。下町金属のような金属加工業の業種では、消耗工具品が多い。実際、この年も1700万円もの消耗工具を購入している。消耗工具を削ることは、下手をすると受注できる商品の減少を招きかねないので、決して簡単な判断ではない。しかし、背に腹は変えられないこともあり、この年は最低限の工具だけに押さえ、前年比800万円もの削減に成功した。
このようなリストラや経費削減をする中で、D税理士の不満が一つだけあった。
「社長もいろいろ頑張っているけど、一つ足りないものがあります。何だか分かりますか?」
それは、社長及び役員の報酬問題だった。「従業員をリストラしたり、痛みを負わせているのに、役員がそのままじゃ示しがつきませんよ」というD氏の提案に素直に頷いた下町社長は、自らの20%役員報酬カットや創業者でもあり両親でもある先代の会長夫婦への報酬の削減、その他役員報酬の5%カットなどを打ち出した。勿論、従業員も定期昇給ゼロと夏季賞与ゼロを受け入れてもらい、その結果、人件費だけで年間約8000万円もの削減を達成することが出来たのだ。
もう一つD氏が注目したのが、借入金だった。その年、下町金属には長期借入金で4300万円、短期借入金が9800万円あった。この短期分をほとんど長期借入金に組み替えた。その結果、翌年には、長期借入金が1億2300万円、短期借入金が4300万円となった。この短期借入金は運転資金として借り入れたもので、その次の年には長期借入金が9700万円で短期借入金はゼロとなった。
このとき、銀行を借り換えのため、銀行を駆けずり回ったD氏だが、どの銀行も大体反応は良かった。それには、大きな理由があった。それは、D氏が持参した利益の生じている直前期の決算書などの資料だった。
見込んでいた赤字が黒字に
こうした結果、この年の経常利益は当初500万円程度の赤字を見込んでいたが、決算直前には1000万円近い利益を生むことになっていた。そのため、一時解約していた保険に再加入するなどして、500万円ほどの損金を意図的に計上するまで財務改善ができたのだ。
これらの効果は翌年にも波及した。特に人件費の削減は思いのほか大きな効果を生み、翌年にはさらに売り上げが減少したにも関わらず、決算時には前年には見送らざるを得なかった設備投資が出来るほどに、利益の向上を創出できるまでになった。MC(マシニングセンター)をはじめ8000万円、3000万円、2000万円と3つの消耗工具をリースすることが出来た。前年のこともあり、下町社長は若干消極的だったが、保険などの含み資産を説明し、設備投資の重要性を再認識させることで、購入の後押しをした。
「何でもそうなんですよ。税理士が決定権を持っているわけはありません。決定権は常に経営者・社長にあります。私達は、的確な判断が出来る材料とヒントをするだけです」とD氏。
長引く不況のせいもあり、下町金属の売り上げは今年度もやや減少した。しかし、財務状況を強化したおかげで、今年度は1000万円を超える黒字を生み出すことになる。そのため、D氏は決算賞与を提案している。「多少でも従業員が喜んでくれればいいでしょう」
こまめなコミュニケーションが可能とした倒産危機回避
この案件をD氏はこう振り返る。
「今回のことで言えば、動き出しが早かったのが成功した最大の理由です」
D氏が言うのは、最初に売り上げ減少の話が出たのが、期が始まる2ヵ月前だったということである。そのため先、先に手を打つことが出来たのが成功の最大の要因だとしている。例えば、実際に売り上げが減少したことを月次の監査で知った場合、最初の1ヶ月は大抵の場合、担当者も意識しない。
「今月は売り上げが悪かったな」としか思わない。そして、翌月も売り上げが減少していて初めて異変に気づく。それから所長税理士に相談して、動きはじめるのが3ヵ月後。対応策が生まれるのは4ヵ月後、もしくは半年後になってしまう。そうなれば、半年でカバーしなければいけなくなってしまう。今回の例でいえば、半年後には既に、リストラが完了し、黒字となっている前年度の決算書を片手に銀行対策が終了しているのである。
そして、そのことを可能にしたのが日ごろのコミュニケーションだった。北田氏の場合は、経営コンサルとして以前から下町金属に訪問していたため、情報をキャッチできた。「普通の顧問契約でも同じですよ。毎月とは言わないけど、2ヶ月に1回、社長と経営について話していれば早めの対応は可能だと思います」
関与先の経営を救うのは、税理士のこまめなコミュニケーションから始まるのである。
(※登場する人物名・企業名はすべて仮名です)








